事業の将来性で資金を調達する
企業価値担保権とは|2026年5月施行の新制度を解説
2026年5月25日施行の企業価値担保権制度について、仕組み・設定手続き・メリットと課題・既存担保との違いを解説。不動産や経営者保証に頼らない新しい資金調達手段として、中小企業が知っておくべき実務ポイントをまとめました。
中小企業の資金調達といえば、不動産担保か経営者保証が前提になることがほとんどでした。しかし、IT企業やサービス業のように不動産を持たない会社、あるいは事業承継で後継者に個人保証を引き継がせたくない会社にとって、この前提は大きな壁になっていました。
2026年5月25日に施行される企業価値担保権は、会社の「事業全体の将来性」を担保にできる新しい制度です。事業性融資の推進等に関する法律(令和6年法律第52号)に基づくもので、約120年ぶりに担保法制が大きく変わることになります。本記事では、制度の仕組みから設定手続き、既存担保との違いまでを実務的に解説します。
企業価値担保権の仕組み
制度の概要
企業価値担保権は、会社の総財産を包括的に担保の対象とする制度です。従来の不動産担保が「土地や建物」という特定の資産を対象にしていたのに対し、企業価値担保権では以下のすべてが担保に含まれます。
- 有形資産 — 不動産、機械設備、在庫品
- 無形資産 — ブランド、特許権、著作権、営業秘密
- 契約関係 — 顧客基盤、取引契約
- 将来価値 — 将来のキャッシュフロー、のれん
事業の「稼ぐ力」そのものを担保にできる点が、従来の制度との決定的な違いです。不動産を持たないIT企業やスタートアップ、あるいは人材や技術力に強みを持つサービス業の企業にとって、資金調達の選択肢が広がります。
設定単位は会社全体
企業価値担保権は、複数の事業を営んでいる場合でも事業全体を一括で担保にする必要があります。特定の事業部門だけを切り出して担保にすることはできません。
信託を介した三者構造
企業価値担保権の特徴的な仕組みが、信託会社を介した三者構造です。
| 当事者 | 役割 |
|---|---|
| 委託者(設定者) | 担保を提供する債務者企業 |
| 受託者 | 企業価値担保権信託会社(担保権の管理・実行を担う) |
| 受益者 | 金融機関(融資先)および一般債権者 |
従来の抵当権では金融機関が直接担保権者になりますが、企業価値担保権では信託会社が担保権者となり、金融機関は受益者として配当を受ける仕組みです。信託会社が間に入ることで、担保権の管理と融資判断を分離し、担保権実行時に事業全体の価値を適切に保全する役割を果たします。
信託会社になるには内閣総理大臣の免許が必要ですが、銀行などの金融機関は届出により「みなし免許」を取得でき、受託者と受益者を兼ねることも可能です。
設定から実行までの流れ
設定手続きのポイント
企業価値担保権は商業登記簿に登記することで効力が発生します。不動産登記簿ではなく商業登記簿に記録される点が、従来の抵当権と大きく異なります。
社内の意思決定については、取締役会設置会社では取締役会決議が原則必要です。取締役会を置いていない会社では、取締役の過半数の一致で決定します。
設定後も、会社は担保対象となった財産を通常どおり事業に使えます。日常的な仕入れ・販売・人材採用といった事業活動には制約がかかりません。ただし、重要な財産の処分や事業譲渡を行う場合は、企業価値担保権者(信託会社)の同意が必要です。
担保権の実行(債務不履行時)
返済が滞った場合の担保権実行は、通常の抵当権とは大きく手続きが異なります。
信託会社が裁判所に実行手続の開始を申立て、裁判所が管財人を選任します。管財人は事業を継続しながらスポンサー(事業の買い手)を探し、事業譲渡によって換価します。譲渡代金から金融機関(特定被担保債権者)に優先的に配当が行われ、残余が一般債権者に配分されます。
不動産競売のように個別資産をバラ売りするのではなく、事業をゴーイングコンサーン(継続企業)として譲渡するのが原則です。従業員の雇用や取引先との関係が維持されやすい設計になっています。
既存の担保制度との比較
不動産担保・ABL・経営者保証との違い
企業価値担保権がどのような位置づけになるのか、既存の担保制度と比較します。
| 項目 | 企業価値担保権 | 不動産担保 | ABL(動産担保融資) |
|---|---|---|---|
| 担保対象 | 会社の総財産 | 土地・建物 | 売掛金・在庫・動産 |
| 評価方法 | 将来キャッシュフロー重視 | 不動産の時価 | 個別資産の時価 |
| 無形資産 | 評価対象 | 対象外 | 一部のみ |
| 経営者保証 | 原則禁止 | 併用が一般的 | 併用が一般的 |
| 実行時 | 事業譲渡 | 競売 | 担保物の処分 |
| 向いている企業 | IT、サービス業、スタートアップ | 不動産保有企業 | 製造業、卸売業 |
不動産担保やABLは「今ある資産」の価値を評価するのに対し、企業価値担保権は「事業が将来生み出す価値」を評価します。評価手法もM&Aで使われるDCF法(割引キャッシュフロー法)やEV/EBITDA倍率が用いられる見込みです。
経営者保証との関係
企業価値担保権が設定された融資では、被担保債権に関する経営者保証の履行請求が原則禁止されます。これは法律で定められた規定であり、金融機関との交渉で「保証を求めない」ようお願いするのとは性質が異なります。
ただし例外があります。粉飾決算が判明した場合には、経営者保証禁止の例外が適用され、経営者個人への請求が認められます。
中小企業にとってのメリットと課題
活用のメリット
企業価値担保権の活用は、以下のような場面で効果を発揮します。
不動産を持たない会社が、技術力・顧客基盤・ブランドといった無形資産を根拠に資金調達できるようになります。帝国データバンクの調査(2026年2月公表)によると、「条件が合えば活用したい」と回答した企業は51.1%にのぼり、業歴10年未満の企業では74.9%が前向きな姿勢を示しています。
事業承継においても、後継者が経営者保証を引き継ぐ必要がなくなるため、承継のハードルが下がります。帝国データバンクの同調査では、経営者保証不要融資への関心が78.1%に達しました。
金融機関との関係が変わる点も見逃せません。企業価値担保権のもとでは、金融機関が融資先企業の事業内容を深く理解し、「伴走型支援」を行う動機が生まれます。財務数値だけでなく、ビジネスモデルや技術力、成長戦略について金融機関と対話する関係が構築されやすくなります。
認知度と普及の課題
一方で、制度の認知度はまだ十分とはいえません。帝国データバンクの2025年4月調査では「制度の内容をよく知っている」と回答した企業はわずか0.6%、「知らない」が50.7%でした。ただし名前を知っている層を含めた認知度は35.1%で、半年前の28.3%から上昇傾向にあります。
金融機関側の準備状況
全国銀行協会は2024年10月から勉強会を5回開催し、2025年9月には「企業価値担保権の活用に向けたポイント」を会員銀行に通達しました。2026年3月にはモニタリング手法や担保評価に関する情報を追加更新しています。金融機関側の体制整備は進んでいます。
実務上の課題として、無形資産を含む企業価値の評価方法がまだ確立途上であること、信託スキームを介するため手続きが従来の担保設定より複雑になること、信託報酬などのコストが発生することが挙げられます。
また、企業側には通常の融資以上に事業内容・経営状況の情報開示が求められます。財務諸表に加えて、事業計画やKPI、中長期戦略の共有が必要です。見方を変えれば、経営の可視化を進める契機にもなり得ます。
活用が想定されるケース
企業価値担保権の活用が想定される場面を整理します。
- スタートアップの成長資金 — 技術力はあるが有形資産が乏しい企業が、事業の将来性で資金を調達する
- 事業承継 — ブランドや顧客基盤を企業価値担保権化し、経営者保証の代替とする。旅館や伝統産業など、のれんの大きい事業に適する
- 事業再生 — 過去の財務諸表では融資の増額が困難でも、設備投資による事業成長が見込まれる場合に活用する
- 既存借入の借り換え — 帝国データバンクの調査で最多の活用シーン(50.1%)。経営者保証付き融資から企業価値担保権付き融資への切り替え
いずれのケースでも、金融機関に事業の将来性を説明するための資金調達計画や事業計画の整備が前提になります。
既存担保との違い
「結局、不動産担保やABLと何が違うのか」を要点で整理します。資金調達の選択肢を金融機関と協議する際、社内のたたき台として利用できます。
担保対象の違い
企業価値担保権は会社の総財産(有形資産・無形資産・将来キャッシュフローを含む)を一括で担保にできます。これに対して不動産担保は特定の不動産だけ、ABL(流動資産担保)は売掛金や在庫といった流動資産だけ、経営者保証は経営者個人の財産だけが対象です。
経営者個人の扱い
企業価値担保権が設定された融資では、被担保債権に関する経営者保証の履行請求が原則として禁止されます(粉飾決算等の例外あり)。不動産担保やABLは多くの場合経営者保証と併用されますが、企業価値担保権の場合は法律レベルで個人保証が外れる点が大きな違いです。
評価方法と担保実行時
不動産担保は路線価・取引事例で評価が安定し、ABLも残高ベースで月次評価が容易です。企業価値担保権は無形資産を含むため評価方法が確立途上で、信託会社を介した三者構造で設定します。担保実行時は競売や換価ではなく事業譲渡が原則とされ、事業継続性を重視した制度設計になっています。
どんな企業に向くか
不動産を持たないスタートアップや、ブランド・顧客基盤など無形資産が事業価値の中心になっている企業、後継者に経営者保証を引き継がせたくない事業承継企業に向きます。逆に既に不動産・流動資産が安定担保化されている企業は、無理に切り替える必要はありません。
経営者保証の解除を狙うなら経営者保証ガイドライン、不動産以外の資産で借りたいならABL・在庫担保融資、複数手段の組み合わせを検討するなら資金調達の種類比較もあわせてご確認ください。
まとめ
企業価値担保権のポイント
- 2026年5月25日施行。会社の総財産(有形・無形・将来CF)を一括で担保にできる新制度
- 経営者保証が原則禁止になるため、事業承継や[スタートアップの資金調達](/shikin-choutatsu/venture-debt-guide/)に適する
- 信託会社を介した三者構造で、担保権実行時も事業継続(事業譲渡)が原則
- 帝国データバンク調査で57.2%が活用に前向き。認知度は35.1%で上昇中
- 情報開示負担の増加や企業価値評価の不透明さなど課題もあり、金融機関との対話が重要
企業価値担保権は制度が始まったばかりで、金融機関側の運用体制もこれから整備が進む段階です。まずは自社の取引金融機関に制度への対応状況を確認し、活用の可能性を検討してみることが重要です。資金調達や事業承継に関する具体的なご相談は、無料相談からお問い合わせください。
よくある質問
- Q. 企業価値担保権とは何ですか?
- A. 企業の総財産(有形資産・無形資産・将来キャッシュフローを含む)を一括で担保にできる新しい担保制度です。事業性融資の推進等に関する法律(令和6年法律第52号)に基づき、2026年5月25日に施行されます。
- Q. 個人事業主でも利用できますか?
- A. 利用できません。企業価値担保権を設定できるのは会社法上の会社(株式会社・合同会社・合名会社・合資会社)に限られます。個人事業主は対象外です。
- Q. 経営者保証はどうなりますか?
- A. 企業価値担保権が設定された融資では、被担保債権に関する経営者保証の履行請求が原則禁止されます。ただし粉飾決算が判明した場合などは例外として、経営者個人への請求が認められます。
- Q. 既存の不動産担保やABLとの併用はできますか?
- A. 対抗要件(登記)の先後で優先順位が決まるため、既存担保との重複設定は制度上可能です。ただし企業価値担保権は会社の総財産が対象となるため、金融機関との協議が必要になります。