整骨院・整体院の経営において、施術費の未回収はそのまま院の利益を圧迫します。他業種と比べた場合の難しさは、収益の構造が複雑な点にあります。健康保険が適用される療養費と全額自己負担の自費施術が混在し、さらに交通事故施術では自賠責保険や任意保険会社が支払い主体になります。未収金が発生している場所によって、回収の相手方も回収手段もまったく異なります。
本記事では、整骨院・整体院に特有の未収金パターンと、それぞれの回収フロー、会計処理の実務について解説します。
整骨院・整体院の収益構造と未収金の発生パターン
療養費(健康保険適用)と自費施術の違い
柔道整復師が開設・運営する接骨院・整骨院は、骨折・脱臼・捻挫・打撲・挫傷の5疾患について健康保険(療養費)を適用して施術できます(柔道整復師法第2条)。この場合、患者の窓口負担は2〜3割で、残りの7〜8割は保険者(協会けんぽ・健康保険組合・市区町村等)が療養費として支払います。
一方、慢性腰痛・肩こり・姿勢矯正・スポーツマッサージなどは保険適用外で、施術料全額を患者が負担します。整体院として「柔道整復師資格なし」で営業する場合は、すべての施術が自費扱いとなります。
未収金が発生する場所によって、回収の相手方と対応方法が異なります。
| 施術の種類 | 患者負担 | 保険者負担 | 未収金が発生しやすい場面 |
|---|---|---|---|
| 療養費(保険適用) | 2〜3割 | 7〜8割 | 窓口負担の未払い |
| 自費施術 | 全額 | なし | 施術後の踏み倒し、分割未払い |
| 交通事故(自賠責) | 原則0割 | 自賠責・任意保険 | 保険会社の支払い拒否・遅延 |
| 労災施術 | 原則0割 | 労災保険 | 認定前の立替、給付遅延 |
窓口負担の未収金
療養費施術の窓口負担(2〜3割)が未払いのまま帰院するケースです。1回あたりの金額は数百〜数千円と小さいですが、常連患者が複数回にわたって支払いを先延ばしにすると、合計額が数万円に達することがあります。
窓口負担の時効は、民法改正後(2020年4月以降発生)は5年です(民法第166条第1項)。ただし、患者との信頼関係を維持しながら回収を進める必要があるため、長期滞納になる前に早期対応することが重要です。
自費施術の未収金
コース契約・回数券・高額施術(整体矯正、テーピング集中施術など)での未払いは、自費施術ならではのパターンです。
施術後に「効果がなかった」として支払いを拒否するケースも起きます。整体施術の契約は準委任契約(民法第656条)と解され、施術者は善管注意義務を尽くして施術すれば足り、結果の保証義務を負うわけではありません。ただし、術前に「必ず治る」などの断定的な説明をしていた場合は、説明義務違反として院側の責任が問われる可能性があります。
交通事故施術の未収金(自賠責・任意保険)
交通事故の被害者が施術を受けた場合、施術費は原則として加害者側の自賠責保険または任意保険から支払われます。整骨院・整体院が直接保険会社に施術料を請求する「一括払い」方式が広く用いられていますが、次のような場面で未収金が生じます。
保険会社による治療の打ち切り: 保険会社が「症状固定」と判断して治療費の支払いを打ち切った後も患者が施術を希望する場合、その後の施術費は一時的に患者負担となり、未回収リスクが高まります。
過失割合の争いによる支払い遅延: 過失割合が争われている間、任意保険会社が施術費の支払いを保留するケースがあります。この場合、被害者(患者)が加害者側の自賠責保険に対して「被害者請求」(自動車損害賠償保障法第16条)を行うことで、自賠責枠内(傷害につき最大120万円)であれば直接請求が可能です。
整骨院側は、患者が弁護士に示談交渉を依頼している場合でも、施術費の回収は院と保険会社・患者の間の問題として独立して対応する必要があります。
自賠責の時効は3年
自賠責保険に対する損害賠償請求権の消滅時効は、損害および加害者を知った時から3年です(自動車損害賠償保障法第19条)。交通事故から時間が経過している場合は、時効管理に注意してください。
労災施術の未収金
業務中・通勤中のケガによる施術は労災保険の対象です(労働者災害補償保険法第13条)。労災指定院であれば労災保険から直接施術費が支払われますが、申請手続きに時間がかかる場合や、労災認定が下りるまでの間に院が立て替えを求められる場面があります。
労災の療養補償給付の時効は2年(労働者災害補償保険法第42条)です。期間内に請求手続きが完了しているかを確認してください。
回数券(前受金)の会計処理
販売時と施術実施時の処理
整体院・整骨院では、10回券・20回券などの回数券(コースカード)を事前に販売するケースが多くあります。この前受金の会計処理を適切に行わないと、収益の認識が歪んだり、未使用分の負債が増大したりします。
| タイミング | 借方 | 貸方 |
|---|---|---|
| 回数券販売時 | 現金・売掛金 | 前受金(負債) |
| 施術1回実施時 | 前受金 | 売上高(施術収入) |
| 期限切れで返金不要と確定時 | 前受金 | 雑収入 |
回数券の有効期限を明確に設定し、約款または利用規約に記載しておくことが重要です。「一切返金不可」の条項は消費者契約法第10条により無効とされる可能性があります。消費者庁の見解では、期限内に使用できなかった場合でも、残額の一部を返金する条件を設定するのが合理的とされています。
消費者センターへの相談事例でも、整体院の回数券を「使い切れなかったが返金を断られた」というトラブルが報告されています。東京都消費生活総合センターの公表資料によれば、継続的役務提供に該当する場合は中途解約権が消費者に認められることがあります。
特定継続的役務提供に該当するか
整体院・整骨院のコース契約が特定商取引法の「特定継続的役務提供」に該当する場合(政令指定の役務・一定額以上・一定期間以上の契約)、消費者にはいつでも中途解約する権利があり(特定商取引法第49条)、院側が請求できる違約金は法定の上限内に限られます。
整体サービスが政令で特定継続的役務として明示指定されているケースは現時点では限定的ですが、実態に応じて類似規制が適用される可能性を念頭に置き、弁護士に確認することを推奨します。
段階的な督促フロー
当日〜1週間:初期対応
当日精算が原則です。会計時に窓口スタッフが必ず支払いを確認し、未払いのまま帰院させないフローを組んでください。
どうしても当日精算できなかった場合、翌日に電話で確認します。「先日の施術費のご確認をお願いしたくてご連絡しました」という事務連絡のトーンで対応し、振込先または次回来院時の精算を案内します。
1〜2週間:書面による督促
電話で連絡が取れない、または支払い約束を守らない場合は、督促状を普通郵便で送付します。記載内容は、施術日・施術内容・請求金額・支払期限・振込先口座の5点に絞ります。患者が一人暮らしでない場合も想定し、施術内容の詳細な記載は避け、「施術費用」と表記するにとどめてください。
1か月以上:内容証明郵便
支払い期限を再設定し、内容証明郵便で最終催告を行います。内容証明は催告の証拠を残す効果と、時効の完成を6か月間猶予させる効果(民法第150条)があります。
内容証明の書式と送り方は、内容証明郵便の書き方と未収金回収への活用で詳しく解説しています。
3か月超:法的手段の検討
| 手段 | 費用目安 | 適する場面 |
|---|---|---|
| 支払督促(簡易裁判所) | 印紙代のみ(数千円) | 住所が判明、金額が明確 |
| 少額訴訟 | 数千円 | 60万円以下 |
| 通常訴訟 | 弁護士費用10万円〜 | 高額、複雑な事案 |
| 債権回収会社への委託 | 成功報酬型 | 多数の少額債権 |
整骨院は医師法の応召義務を負わないため、未払い患者への以後の施術を断ることが法律上は可能です。実際に施術拒否を行う場合は、「未払いを理由に施術をお断りします」という意思表示を書面で行い、記録を残してください。
自費施術の未収金防止策
施術前の同意書と支払い確認
高額な自費施術(整体コース、テーピング矯正など)を始める前に、料金・支払い方法・キャンセルポリシーを明記した同意書に署名をもらいます。口頭のみの説明では後から「聞いていない」と言われるリスクがあります。
分割払いを認める場合は、分割回数・金額・期日・期限の利益喪失条項(一定回数の滞納で残額を一括請求できる規定)を盛り込んだ分割払い同意書を別途作成してください。
キャッシュレス決済の整備
クレジットカード・電子マネー・QRコード決済を導入すると、施術当日に確実に収納できます。現金しか受け付けない院では、「今日は財布を忘れた」「ATMに行ってから」という先送りが発生しやすく、未収金の温床になります。
自費施術の一括前払いを原則に
コース施術は施術前に全額を受け取る仕組みを原則とし、例外的に分割払いを認める場合も、施術完了前に全額回収が終わるスケジュールで組んでください。施術後に残金が残る状態は滞納のリスクを大幅に高めます。
交通事故施術は「一括払い確認書」を保険会社と交わす
任意保険会社が一括払い(施術費を院に直接支払う)に同意している場合は、その旨を確認する書面を取り交わしておきます。保険会社が後から支払いを拒否した際の証拠になります。
未収金の会計・税務処理
貸倒引当金の設定
整骨院・整体院の未収金(自費施術・窓口負担)は、回収可能性を定期的に見直し、回収困難な場合は貸倒引当金を設定します。法人の場合、中小法人の法定繰入率は売掛債権等に対して6/1000(法人税法施行令第96条)が適用できます。個人事業主の整体院でも、同様の基準で必要経費として計上が可能です。
貸倒損失の計上
回収不能が確定した未収金は、以下の法人税基本通達の要件に基づき貸倒損失として損金算入します。
9-6-1(法律上の貸倒れ): 患者が破産免責を受けた場合など。裁判所の書類を保管してください。
9-6-2(事実上の貸倒れ): 患者が死亡し相続人全員が相続放棄した場合など。回収不能の証拠を整備してください。
9-6-3(形式上の貸倒れ): 患者との取引が実質的に停止し(来院しなくなり)、1年以上が経過した場合。備忘価額1円を残して貸倒損失を計上します。
整骨院の保険施術(療養費の自己負担分)も自費施術も、勘定科目上は「売掛金」または「未収金」で管理し、回収状況を定期的にエイジング分析することを推奨します。
未収金の会計処理の詳細は未収金の会計処理についてで解説しています。長期化した未収金の処理が難しい場合は、未収金買取の仕組みと活用方法も選択肢として検討できます。
一部負担金(窓口負担)の徴収実務
整骨院・整体院の保険施術における窓口負担(療養費の自己負担分)は、医療保険制度上の柔道整復師療養費に基づき施術所が直接患者から徴収する仕組みです。徴収率の低下は経営インパクトが直接的なため、実務オペレーションを定型化することが重要です。
健康保険の負担割合と窓口徴収額
健康保険適用施術における患者の負担割合と、施術所が徴収する金額の関係を整理します。
| 患者の区分 | 窓口負担割合 | 月10,000円施術の窓口徴収 |
|---|---|---|
| 義務教育就学前 | 2割 | 2,000円 |
| 義務教育就学〜70歳未満 | 3割 | 3,000円 |
| 70〜74歳(一般) | 2割 | 2,000円 |
| 70〜74歳(現役並み所得) | 3割 | 3,000円 |
| 75歳以上(後期高齢者) | 1〜3割(所得に応じて) | 1,000〜3,000円 |
患者の負担割合は被保険者証(保険証)で確認します。マイナンバーカードの保険証利用が始まっていますが、紙の保険証も併存しているため、初診時の確認体制を整える必要があります。
受領委任払いと償還払いの違い
整骨院・整体院での保険施術の支払方式は2種類あります。
受領委任払いは、施術所が患者の代わりに保険者へ療養費請求を行う方式です。患者は窓口で自己負担分のみを支払えばよいため利便性が高く、整骨院の大半がこの方式を採用しています。療養費の保険者請求分は2〜3か月後に施術所に振り込まれます。
償還払いは、患者が施術所で全額を立替払いし、後から自分で保険者に請求して払戻しを受ける方式です。受領委任払いの取扱施術所が患者の希望で選択することは少なく、特定の事情(受領委任払いの取扱が認められない施術所など)で用いられます。
未収金の発生パターンとしては、受領委任払いで窓口徴収が漏れたケースが主です。「保険適用だから安い」という感覚で支払いを後回しにする患者がおり、現場での確実な徴収が求められます。
窓口未払い発生時の対応プロセス
窓口で患者が「持ち合わせがない」と申し出た場合の対応プロセスを定型化します。
第1段階(当日対応)として、現金以外の決済手段(クレジットカード・電子マネー・QR決済)を提示します。キャッシュレス決済を導入していれば、現金を持ち合わせていない患者からも即時徴収が可能です。
第2段階(次回来院時請求)は、決済手段がない場合の対応です。「未払い票」を発行し、患者・施術所双方で控えを保管します。次回来院時に必ず請求できるよう、患者カルテに「未払いあり」のフラグを立てます。
第3段階(書面督促)は、次回来院がない or 来院しても支払い意思を示さない場合です。電話督促 → 書面督促 → 内容証明郵便の順で段階的に対応します。健康保険適用施術の場合、施術所側が「療養費請求書を保険者に提出済み」のため、未収金額は患者の自己負担分のみ(1〜3割)に限定されます。
自己負担金の請求が困難な患者層
整骨院特有の課題として、以下の患者層は窓口負担金の回収が困難になりやすい傾向があります。
- 高齢の単身世帯(家族による支払い代行が期待できない)
- 生活保護受給者(医療扶助の適用対象だが、整骨院の保険施術は対象外のケースあり、要事前確認)
- 外国人居住者(健康保険未加入のケースあり、施術前の保険証確認が重要)
これらの患者層への施術前には、保険証の有効性確認と窓口負担額の事前説明を徹底することで、施術後の未収トラブルを予防できます。
マイナ保険証への対応
2024年12月から従来の健康保険証の新規発行が原則終了し、マイナンバーカードを健康保険証として利用する仕組み(マイナ保険証)への移行が進んでいます。
整骨院・整体院においてもオンライン資格確認システムの導入が推奨されており、システム導入により以下のメリットがあります。
- 患者の保険資格をリアルタイムで確認できる
- 窓口負担割合を自動取得(高額療養費の限度額情報も含む)
- 患者の薬剤情報・特定健診情報を参照可能(同意取得が必要)
オンライン資格確認の導入には医療情報化支援基金の補助制度があり、施術所も補助対象です。窓口徴収の精度向上と未収金予防の観点から、導入を検討する価値があります。
まとめ
この記事の要点
- 整骨院・整体院の未収金は、窓口負担・自費施術・自賠責・労災の4区分で管理し、それぞれ回収の相手方と時効が異なる。自賠責は3年(自動車損害賠償保障法第19条)、労災は2年(労働者災害補償保険法第42条)、通常の施術費は5年(民法第166条第1項)。
- 回数券は販売時に前受金(負債)として計上し、施術実施ごとに収益へ振り替える。期限切れ未使用分の収益計上は、約款に明確な期限と返金ポリシーを定めていることが前提。
- 整骨院は医師法上の応召義務を負わないため、未払い患者への施術を断ることが法律上可能。自費施術は施術前払い・同意書取得・キャッシュレス決済導入で未収金の発生を予防する。
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