最低賃金の引上げ対応|中小企業が取るべき施策
最低賃金の引上げに中小企業がどう対応すべきかを解説。人件費増加への対策、助成金の活用、賃金体系の見直しなど、経営を守るための実務的な施策を紹介します。
最低賃金は毎年10月に改定され、近年は年30円から50円規模の引上げが続いています。大企業であれば吸収できる金額でも、中小企業にとっては人件費の増加が経営を直撃する深刻な問題です。特にパート・アルバイト比率の高い小売業・飲食業・介護業などでは、最低賃金の引上げがそのまま総人件費の上昇につながります。本記事では、最低賃金法の基本ルールを確認したうえで、中小企業が取るべき具体的な対応策を整理します。
最低賃金制度の基本と確認すべきポイント
最低賃金法第4条は、使用者は最低賃金額以上の賃金を支払わなければならないと定めています。この規定はすべての労働者に適用され、正社員・パート・アルバイト・契約社員といった雇用形態を問いません。
最低賃金の適用を確認する際、まず注意すべきは「時給換算」の方法です。月給制の場合は、月給を1カ月の所定労働時間で割って時給を算出します。ただし、算定基礎に含められない手当があります。最低賃金法施行規則第1条により、精皆勤手当、通勤手当、家族手当、時間外・休日・深夜労働の割増賃金、賞与などは算定基礎から除外されます。
例えば月給18万円で所定労働時間が月170時間の従業員の場合、時給換算は約1,059円です。ここに通勤手当1万円が含まれていれば、算定基礎は17万円となり、時給は約1,000円まで下がります。最低賃金が1,050円に引き上げられた場合、この従業員は最低賃金を下回ることになります。
改定スケジュールと対応の流れ
最低賃金の改定は、中央最低賃金審議会が7月頃に目安を示し、各都道府県の地方最低賃金審議会が8月頃に具体的な金額を決定します。新しい最低賃金は10月1日から適用されるのが通例です。この改定スケジュールを踏まえると、8月に金額が確定した時点で自社への影響を試算し、9月中に賃金改定の手続きを完了させておく必要があります。
人件費増加への対策と賃金体系の見直し
最低賃金の引上げに対応するには、単に時給を上げるだけでなく、賃金体系全体を見直す視点が重要です。最低賃金に近い水準の従業員だけ引き上げると、経験やスキルの高い従業員との賃金差が縮まり、「賃金圧縮」と呼ばれる問題が生じます。この不満が離職につながるケースは少なくありません。
対策として有効なのは、職務内容や習熟度に応じた等級制度を整備し、段階的に昇給する仕組みを作ることです。例えば「入社時は最低賃金+30円、6カ月後の評価で+50円、1年後にさらに+50円」というステップを設けることで、従業員のモチベーション維持と人件費の予測可能性を両立できます。
生産性向上による原資の確保
賃上げの原資を確保するには、業務の生産性を高めて売上や利益を伸ばすことが本質的な解決策です。具体的なアプローチとしては、業務フローの見直しによるムダの削減、ITツールやシステムの導入による省力化、高付加価値商品・サービスへのシフト、価格転嫁(適正な値上げ)の実施などが考えられます。
特に下請法の適用を受ける取引では、2022年に公正取引委員会が公表した「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」を活用して、発注者に対して労務費の上昇分の価格転嫁を求めることが重要です。下請法第4条は、下請事業者の給付に対して不当に低い代金を定めることを禁止しています。
活用できる助成金と支援制度
最低賃金の引上げに取り組む中小企業を支援する制度として、業務改善助成金があります。これは事業場内最低賃金を一定額以上引き上げ、生産性向上のための設備投資等を行った場合に、その費用の一部を助成するものです。
業務改善助成金のコースは引上げ額に応じて複数設定されており、30円以上引き上げた場合で最大30万円から、90円以上の場合は最大600万円まで助成を受けられます。対象となる設備投資には、POSレジの導入、業務管理ソフトの購入、機械設備の更新、コンサルティング費用なども含まれます。
キャリアアップ助成金の活用
非正規雇用労働者の処遇改善に取り組む場合は、キャリアアップ助成金の「賃金規定等改定コース」も検討に値します。有期雇用労働者等の基本給を3%以上増額改定した場合に、1人あたり最大6万5,000円が支給されます。
これらの助成金を活用する際は、事前にキャリアアップ計画書の提出が必要であること、賃金改定前に申請手続きを済ませておく必要があることに注意してください。申請の流れや最新の要件は、厚生労働省のホームページまたは最寄りの労働局で確認できます。
賃上げと同時に検討すべき労務管理の見直し
最低賃金の引上げ対応を機に、労働時間管理の適正化も併せて進めることをおすすめします。所定労働時間の設定が非効率なまま賃上げを行うと、人件費が二重に増加します。例えば1日8時間・週40時間のフルタイムシフトを、業務の繁閑に合わせて変形労働時間制(労働基準法第32条の2)に移行することで、時間外労働の発生を抑制し、総人件費を最適化できる可能性があります。
また、扶養控除の範囲内で働きたいパート従業員にとっては、時給の引上げにより年収の壁(103万円・106万円・130万円)に達するタイミングが早まります。この結果、年末近くに勤務調整が発生し、人手不足に陥るリスクがあります。事前にシミュレーションを行い、シフト編成への影響を把握しておくことが大切です。
まとめ
- 最低賃金の引上げは毎年10月に実施されるため、8月の金額確定後に速やかに自社の賃金体系への影響を試算し、9月中に改定手続きを完了させることが重要である
- 業務改善助成金やキャリアアップ助成金など、賃上げを支援する公的制度を積極的に活用し、生産性向上の投資と組み合わせることで経営への負担を軽減できる
- 賃金引上げに合わせて労働時間管理や賃金体系全体の見直しを行い、賃金圧縮の問題や扶養の壁による人手不足を未然に防ぐ視点が求められる
よくある質問
- Q. 最低賃金を下回る賃金で雇用するとどうなりますか?
- A. 最低賃金法第40条により、50万円以下の罰金が科される可能性があります。また、最低賃金との差額を遡って支払う義務が生じます。パートやアルバイトを含む全労働者が対象です。
- Q. 最低賃金には地域差がありますか?
- A. はい。最低賃金には各都道府県ごとに定められる『地域別最低賃金』と、特定の産業に適用される『特定最低賃金』があります。事業場の所在地の都道府県の最低賃金が適用されます。
- Q. 最低賃金の引上げに使える助成金はありますか?
- A. 業務改善助成金が代表的です。事業場内最低賃金を一定額以上引き上げ、設備投資等を行った中小企業に対して、その費用の一部が助成されます。引上げ額に応じて最大600万円まで支給されます。
- Q. 固定残業代を含めて最低賃金をクリアしていれば問題ありませんか?
- A. 固定残業代は最低賃金の算定基礎に含まれません。基本給と諸手当(通勤手当・家族手当・時間外手当等を除く)のみで時給換算し、最低賃金を上回っている必要があります。