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医療機関の未収金対策|病院・クリニックの実務ガイド

病院・クリニックの未収金対策を解説。自己負担金の回収フロー、応召義務(医師法19条)との関係、未収金の会計処理と税務、回収体制の構築まで、医療機関の経営者・事務長向けに実務ベースでまとめました。

医療機関にとって、患者の自己負担金の未収は経営上の大きな課題です。四病院団体協議会の調査によれば、全国の病院における未収金は相当な規模に上り、特に救急医療を担う病院ほど未収金が多い傾向があります。

医療機関特有の難しさは、応召義務(医師法第19条)により診療を拒否しにくい点にあります。未払いがあっても診療を提供する義務が原則として存在するため、他業種のように「未払いなら取引停止」という対応が取りづらいのが実情です。

本記事では、病院・クリニックの経営者・事務長向けに、未収金の発生背景から回収フロー、会計・税務処理、回収体制の構築までを解説します。

医療機関の未収金が増加する背景

背景1:高額療養費制度と自己負担額の問題

日本の公的医療保険制度では、患者の自己負担割合は原則1〜3割です。しかし、入院や高度な治療を要する場合、自己負担額は数十万円に達することがあります。

高額療養費制度により自己負担の上限は設定されていますが、制度の利用には申請が必要であり、限度額適用認定証を事前に取得していない場合は、一旦窓口で全額を支払った後に還付を受ける仕組みです。この「立替」ができない患者が未払いとなるケースが多いです。

背景2:救急搬送・夜間診療での未収金

救急搬送された患者は、保険証を持参していない、身元が不明、意識がないといった状況で診療を受けることがあります。この場合、自己負担金の請求自体が困難で、身元判明後も連絡が取れず未収金として残るケースがあります。

救急医療における未収金の特徴は以下の通りです。

状況未収金リスク回収の見通し
保険証未携帯(後日持参可能)低〜中保険適用後に請求可能
無保険(資格喪失・未加入)10割負担となり高額化
身元不明(行旅病人等)極めて高行旅病人及行旅死亡人取扱法に基づき自治体負担の可能性
外国人旅行者(保険なし)帰国後の回収は極めて困難

背景3:応召義務の制約

医師法第19条は、「診療に従事する医師は、診察治療の求があった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」と定めています。

この応召義務により、医療機関は未払いがあることを理由に診療を拒否することが原則としてできません。2019年12月の厚生労働省通知では、応召義務の考え方が整理され、以下の点が明確化されました。

  • 緊急対応が必要な場合 — 未払いの有無にかかわらず診療義務がある
  • 緊急でない場合 — 支払い能力があるにもかかわらず悪質な未払いを繰り返す場合は、診療拒否の正当事由に該当しうる
  • 診療の求めがあった場合 — 直ちに対応可能な医療機関の紹介等の対応義務はある

つまり、応召義務は絶対的な診療義務ではないものの、拒否のハードルは依然として高いのが現実です。

背景4:患者の経済状況の多様化

無保険者、生活困窮者、高齢の年金受給者など、支払い能力に課題のある患者が増加傾向にあります。こうした患者の未収金は、回収努力を重ねても回収できないケースが多く、最終的に貸倒損失として処理されることになります。

自己負担金の回収フロー

外来患者の未収金対応

基本原則:当日精算を徹底する

外来の窓口未収を防ぐ最大のポイントは、診療当日に精算を完了させることです。

当日精算のための施策:

  1. 後払い方式の場合 — 会計番号による呼び出し・支払い確認後に処方箋を渡す
  2. 自動精算機の導入 — 会計待ちの煩わしさを解消し、未精算のまま帰院するリスクを低減
  3. クレジットカード・キャッシュレス決済の導入 — 手持ちの現金がない場合の支払い手段を確保
  4. 分割払いの案内 — 高額になる場合は分割払いの相談に応じる

当日精算できなかった場合の対応:

  1. 翌日 — 電話で支払い案内(振込先・次回来院時の精算を案内)
  2. 1週間後 — 書面(督促状)を郵送
  3. 1か月後 — 2回目の督促状(期限を明記)
  4. 3か月後 — 内容証明郵便による最終督促

入院患者の未収金対応

入院時は金額が高額になるため、入院前の段階で未収リスクを低減する対策が重要です。

入院前の対策:

  • 限度額適用認定証の取得を案内する(高額療養費制度の事前手続き)
  • 入院保証金(デポジット)の預かり — 5万〜10万円程度が一般的
  • 連帯保証人の設定 — 入院誓約書に保証人欄を設ける
  • 支払い方法の確認 — クレジットカード、分割払いの可否

入院中の中間請求:

長期入院の場合は、月1回の中間請求を行い、未収金が累積するリスクを抑えます。中間請求で未払いが生じた場合は、早期に面談で支払い相談を行います。

退院時の対応:

退院時に精算ができない場合でも、退院を遅らせることは医療上の理由がない限り適切ではありません。支払い計画書を作成し、分割での支払いを合意した上で退院させるのが実務上の対応です。

回収が困難な場合の法的手段

手段費用目安適する場面
支払督促(簡易裁判所)印紙代のみ(数千円)住所が判明、金額が明確
少額訴訟数千円60万円以下の請求
通常訴訟弁護士費用10万円〜高額な未収金
債権回収会社への委託成功報酬型多数の少額債権

未収金の会計処理と税務

医療機関における未収金の勘定科目

医療機関の未収金は、病院会計準則に基づき以下の勘定科目で処理します。

勘定科目内容
医業未収金患者の自己負担金の未収分
保険等査定減審査支払機関による査定減額分
貸倒引当金回収不能見込額の引当

医業未収金は、診療報酬点数に基づく請求額のうち患者自己負担分を計上します。保険者(健康保険組合、協会けんぽ等)への請求分は別途「社会保険等未収金」として管理します。

貸倒引当金の設定

医業未収金に対する貸倒引当金は、以下の方法で設定します。

個別評価(回収懸念のある特定の患者):

  • 破産手続き開始決定を受けた患者 — 回収見込額を除く全額
  • 長期滞納で連絡が取れない患者 — 個別に回収可能性を判断

一括評価(一般の医業未収金):

  • 過去3年の貸倒実績率に基づき算定
  • 中小法人は法定繰入率(その他の業種:6/1000)の適用も可能

貸倒損失の計上

医療機関の未収金を貸倒損失として計上する場合、法人税基本通達の3類型に基づいて判断します。

9-6-1(法律上の貸倒れ): 患者が破産手続きで免責を受けた場合など

9-6-2(事実上の貸倒れ): 患者が死亡し相続人がいない、または相続人全員が相続放棄した場合など。回収不能であることの証拠(住民票除票、相続放棄の受理証明等)を保管します。

9-6-3(形式上の貸倒れ): 継続的に通院していた患者が来院しなくなり、1年以上経過した場合の売掛債権。備忘価額1円を残して貸倒損失を計上します。

消費税の取扱い

医療機関の診療報酬は、社会保険診療(保険診療)については消費税非課税です(消費税法第6条、別表第一第6号)。自由診療(美容医療、予防接種等)は課税対象です。

非課税取引に係る未収金が貸倒れとなった場合は、消費税法第39条の貸倒れに係る消費税額の控除は適用されません。自由診療分の未収金が貸倒れた場合のみ、消費税の調整が必要です。

回収体制の構築

専任担当者の配置

未収金の回収率を高めるには、医事課(医療事務部門)の中に未収金管理の担当者を明確に位置づけることが有効です。

担当者の業務は以下の通りです。

  • 未収金台帳の管理(患者名、金額、発生日、督促履歴)
  • 月次の督促業務(電話・書面・訪問)
  • 分割払いの相談対応
  • 月次の未収金報告書の作成(経営会議への報告)
  • エスカレーション判断(法的手段への移行、貸倒処理の判断)

ソーシャルワーカー(MSW)との連携

支払いが困難な患者には、医療ソーシャルワーカー(MSW)が公的支援制度につなぐことで、結果的に未収金の発生を防ぐことができます。

MSWが案内できる主な制度:

制度概要対象者
高額療養費制度自己負担の上限を超えた分を還付公的医療保険の加入者全般
無料低額診療事業生活困窮者に対する無料・低額での診療社会福祉法に基づく届出医療機関
生活保護の医療扶助医療費を全額公費負担生活保護受給者
医療費助成制度自治体独自の医療費補助自治体により異なる

公的支援制度の利用は、患者の経済的負担を軽減するだけでなく、医療機関の確実な収入確保にもつながります。

会計窓口の業務フロー改善

未収金の発生を抑えるために、会計窓口の業務フローを見直します。

  1. 診察後の動線設計 — 患者が会計窓口を通らずに帰院しにくい動線を設計する
  2. 自動精算機の導入 — 現金・カード・電子マネーに対応した自動精算機でスムーズな会計を実現
  3. 後払いシステムの活用 — スマートフォンアプリによる後払い(クレジットカード登録制)を導入し、窓口での現金精算を不要にする
  4. 入院時の保証金運用の標準化 — 金額の基準、預かり証の発行、退院時の精算手順を明文化する

未収金管理の指標設定

経営会議で定期的にモニタリングすべき指標を設定します。

指標計算方法目安
未収金発生率新規未収金額 / 医業収益1%以下が望ましい
回収率回収額 / 期首未収金残高80%以上を目標
滞納期間別残高30日未満 / 30〜90日 / 90日超のエイジング90日超の割合を監視
貸倒損失率貸倒損失額 / 医業収益前年比で悪化していないか

まとめ

医療機関の未収金対策について、以下の3点を押さえておきましょう。

  1. 応召義務の制約を理解した上で、回収の仕組みを構築する — 診療拒否は原則できませんが、だからこそ入院前の保証金預かり、限度額適用認定証の取得案内、窓口でのキャッシュレス決済導入といった予防策が重要です
  2. MSWとの連携で公的支援制度につなぐ — 支払い困難な患者を公的支援制度に接続することは、患者のためであると同時に、医療機関の未収金リスクを低減する実務的な対策でもあります
  3. 未収金の会計・税務処理を適切に行う — 医業未収金の分類、貸倒引当金の設定、貸倒損失の計上要件(法人税基本通達9-6-1〜3)を理解し、証拠書類を整備して適時に処理してください

まずは自院の未収金残高をエイジング分析し、滞納期間ごとの対応フローを明文化するところから取り組んでみてください。

よくある質問

Q. 未収金がある患者の診療を拒否できますか?
A. 原則として拒否できません。医師法第19条の応召義務により、正当な事由がなければ診療を拒否してはならないとされています。ただし、厚生労働省の通知(令和元年12月25日医政発1225第4号)では、緊急性のない診療において支払い能力があるにもかかわらず悪質な未払いを繰り返す場合は、正当な事由に該当しうるとの解釈が示されています。個別の判断は慎重に行ってください。
Q. 医療費の時効は何年ですか?
A. 2020年4月の民法改正後は、権利を行使できることを知った時から5年(民法第166条第1項)です。改正前に発生した医療費は旧民法の3年の短期消滅時効(旧民法第170条)が適用される場合があります。なお、健康保険の保険者に対する診療報酬請求権の時効は3年です(健康保険法第193条)。
Q. 未収金を貸倒損失として処理するにはどうすればいいですか?
A. 法人税基本通達9-6-1(法律上の貸倒れ)、9-6-2(事実上の貸倒れ:全額回収不能が明らか)、9-6-3(形式上の貸倒れ:継続的取引の停止後1年以上)のいずれかに該当する場合に損金算入が可能です。医療機関の場合、通院が途絶えた患者の未収金に9-6-3の形式基準を適用できるケースがあります。
Q. 保証金やデポジットを患者から徴収することは認められますか?
A. 法律上、禁止されていません。入院時に保証金(入院預り金)を徴収する病院は一般的です。ただし、保証金がないことを理由に診療を拒否することは、応召義務との関係で問題が生じる可能性があります。保証金はあくまで未収金リスクの軽減策であり、診療提供の前提条件とはしない運用が安全です。

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